剣道基本 剣道上達

奈良のY先生

京都に住んでいた頃、とてつもなく暑い(いや"熱い")祇園祭のころ下宿の居間に少し小さめ

 

だけど立派な胴が置いてあった。下宿のおばさんに聞くと義兄のものだという。

 

この持ち主が奈良のY先生であった。今はない武徳会専門学校、武専の出身者であった。

 

このY先生は奈良の出身で柳生の話も随分していただいた。お歳を伺うことはなかったけどお話

 

からすると大正のはじめくらいのお生まれであったろうと思う。私の高校時代の顧問のM先生も

 

同じく武専のご出身だったがY先生のだいぶ後輩であったようだ。

 

このY先生は時々、京都にやってこられた。当時はわからなかったが京都での八段クラ

 

スの昇段審査をされていたのだろうと後でわかった。

 

Y先生とお会いしてお話が出来たのは3回ぐらいしかなかった。私が「剣道していました

 

」と言うと 「ほうか、今度、奈良においなはれ、おいなはれ」と言っていただいた。

 

 

 

 

 

 

 

刀の話

このY先生からたくさんのことを教えていただいた。

 

まず刀の歴史や研ぎ方である。古刀と呼ばれるものの中では鎌倉時代のものが一番良いもので

 

あること。

 

ここでY先生は「鎌倉時代のものが刀としては一番良い。しかしもうあまり良いものは残っとれ

 

へん。ほかの時代に比べて丸々と太っている。」この丸々と太っているという形容の印象がなん

 

とも言えなかった。

 

そして刀の研ぎ方である。切先の研ぎ方と横手の線をはっきり出す研ぎ方。うまく「しのぎ」の

 

部分を出す研ぎ方である。砥石も刀を研ぐ場所によって特殊なものを使うこと。今でもはっきり

 

覚えているのは切っ先の部分と横手のところの線をはっきり出す研ぎ方で砥石の上を切っ先が

 

半円を描くような研ぎ方である。

 

 

「あの胴田貫と言うんがあるやろ。あれは骨の髄まで切れるんや」と言われた。私はそのころは

 

あれは映画のなかでの話だけだろうと思っていて実在のものではないと思っていた。

 

 

「今の刀はあまりいい研ぎ師がおらんからなあ。刀がかわいそうや。ひどい奴はグラインダ−で

 

研いでる。もったいないことするなよと言うとるんや。わしのところに研いでくれいうて良い刀

 

を持ってくるんやけど、いつも研いどれんよってな。そいでそういう場合は漆を塗ってしまう

 

んや。わしは漆にかぶれんからな。かぶれたらあれは大変や。先生、漆なんか塗って

 

大丈夫ですかって言うんやけど、わしは平気や。何もかぶれることなんかないからな。

 

こうやって指で塗ってしまう。」と手で塗る仕草をした。

 

刀を研がないようにするために漆で塗り込めてしまうというような話はこの時初めて聞いた。

 

Y先生の関西弁だけど大阪弁とちょっと違う奈良の言葉は40年もたった今でも印象が深い。

小説家のS氏との交際

このY先生の話の中で著名な小説家のS氏の話が出てきた。名前を聞けば

 

Y先生もS氏も特定されてしまいそうなので極力省きます。

 

 

Y先生曰く「わしとSさんとはしょっちゅうマ−ジャンをしとった」

 

「えっ・・・・」とどうしてこのY先生と小説家のS氏が知り合いだったのか?

 

このS氏がなぜ奈良でY先生とマ−ジャンを?当時は私はマ−ジャンなんか

 

知らなくてY先生の言っているマ−ジャン用語の意味がわからなかった。

 

 

S氏と家が近かったのか?というようなことしか覚えていないが、後で調べたらこの

 

S氏が亡くなってまだほんの数年後のことだった。

 

マ-ジャンは4人でするから別の2人は誰だったのかと思うが別の名前は

 

出てこなかった。

Y先生に質問したこと

このY先生に質問したことがある。

 

 

「先生、剣道では上背がある方が

 

有利ですか?」

 

「剣道ではあんまり関係ないな。〇〇さんなんか背こそ低いけど小手打ちの名人やった。

 

相手の懐に飛び込んで簡単に打つ」

 

これから背の高い相手に対しては小手狙いかと思った。この30数年後、私も背は低い方ではな

 

いけど中学生にさんざん小手を打たれた経験がある。まさに手元の上がろうとした瞬間に間合い

 

に入られて打たれた。うまい子で手元が上がる瞬間には打たれている。相手の癖を立会のはじめ

 

に見抜いている感じだった。稽古後に彼に「小手うまいね」と言うと「手元上げすぎですよ」と

 

言われてしまった。

 

 

 

「足捌きはどうやったらいいのですか?」

 

「足は宙におらず地におらずじゃ」あまり笑わないY先生がここで"うほっほっ-"と笑った。

 

実際には"足は宙におらず地におらず"なんてことは出来ない。足だけ勝手な動きも

 

出来ない。

 

また下半身は特に安定していないと上体が支えられない。相撲の動きとも柔道の動きとも

 

違う。Y先生はこれ以上は言わなかった。自分で考えろということだったのだろう。

 

 

空手をやっている友人がいたので練習を見せてもらいに行ったことがあった。空手は剣道と

 

違いたいていの人は左足を前に出す。両拳を前に構える。動きとしては似ていると思った。

 

ずっと後になって少林寺やボクシングでの足捌きが参考になるように思った。上体と足の

 

動きが速く、それでよく身体のバランスがとれている。

 

足の踏み込みや相手に対して左右に回り込みの動作が速い。ほとんどの場合、半身の

 

構えで腰から下にかけて相手に対して前後左右、自由に動けるような身体の動きをして

 

いる。

 

打つ時は的確に打っている。

 

竹刀が手の延長だとすると「これだな」と思った。剣道の場合、まっすぐに構えるけど身体を

 

固くしては動けないし長時間の動きに耐えれない。体全体が柔かくないと前後左右に動

 

けない。

 

素振りだけでなくランニングやストレッチ、腹筋を鍛えるなどで身体全体を柔軟にすることが

 

大事なんだと思う。これがY先生の言う 「足は宙におらず地におらずじゃ」なんだろうと

 

思った。

 

 

「集中するってことはどういうことですか?」

 

Y先生はしばらく黙っていたが「何にも考えんことやな」この一言はこの後、何十年も私の

 

反射的に浮かぶ一言になった。

 

 

宮本武蔵の「五輪の書」について

 

五輪の書についてはどうですか?

 

Y先生は「宮本武蔵の「五輪の書」について武蔵の考えや思いだろうが、誤字、脱字が

 

多くあって非常に読みづらいもんだった。伝わっているものがようけあってどれが本物かよう

 

わからんかったなあ」

 

この時思ったのは「えっ!「五輪の書」って一つじゃなかったの?」だった。

 

後で調べたら原本は無くなってしまっており写本が伝わっているらしい。それも断片的

 

なものや記述の違うものがあるので後世の創作であるとも言われている。

 

Y先生が言った「伝わっているものがようけあってどれが本物かようわからん・・・・」とい

 

うのが本当のところだろう。

Y先生の剣道の知人

私の当時、剣道関係で読んだ本は笹森順造、小沢丘、中野八十二の各先生の本だった。

 

中野先生については私が中学生の時、テレビをつけると偶然にNHKの剣道の番組でそこで

 

中野先生が実際に竹刀を持って基本の打ち方を講義していた。印象に残っているのは左右

 

の胴を連続して打つ二つ胴である。これはちゃんばら芝居でよく殺陣に出てくるけど実際に

 

剣道の技としてあるのかと思った。中野先生の東大寺の力士像のような身体とそれに似合

 

わないソフトな声がなんとも印象的だった。

 

 

 

もちろん、Y先生はどの方もご存じであったが「小沢さん、中野さんの使うている竹刀な。

 

わしのと同じ竹刀を使うてる。」この意味はよくわからなかった。後年、といってもそれから

 

30年以上経って相手に尊敬の意を込めて自分の竹刀を贈るという習慣があったというこ

 

とを知って、そのことだったのかと気がついた。それほど懇意な間柄だったのだろう。

 

特に覚えているのは、小沢丘先生、中野八十二先生について小沢さん、中野さんと

 

呼ばれていたが笹森順造先生だけは笹森先生と何か尊敬の意を込めて呼ばれていた

 

のが印象的だった。

 

前のお二人はY先生と年齢が近かったのかもしれない。

 

 

 

手足の指と便秘対策と酵素の話

Y先生はこんなことを言っていた

 

「手足の指は全部、内臓につながっているんや。例えば小指は小腸、足の裏は

 

腎臓や、そやから指をこう押さえたり回したりした方がええ」と実際に私の目の前で

 

見せていただいた。

 

これも初めて聞く話だった。ずっと後で分かったことだったが東洋医学でいう経絡のこと

 

だった。当時の武専ではこんな事も教えていたのだろうか。

 

実際に自分で自分の手足の指を押さえたり回したりすると

 

手足の指の血行がよくなるのでホカホカと暖かくなるのがすぐわかる。

 

続けて「便秘になったりするときがあるやろ。ほんな時は絶対に力まんことや。直腸の

 

左下腹のところを何回もずっと押さえておくことや。ほうしたらすっかり出てしまうんや。

 

力んだら頭の血管切れて中風(脳卒中)なってしまうで」

 

私の場合は便秘にはあまりならないのでこれは試したことがない。

 

 

近くに酵素研究所というのがあって酵素の話をされたことがあった。

 

「この家の近くに酵素研究所があるやろ。酵素は人間が食べた物を消化・吸収そして

 

排泄まで内臓に対して重要な役目をするんや。便の匂いかて酵素の働きや。しかし

 

まだ酵素自体はよく分かってへんのや」と言われていました。

 

それから40年たった今でも酵素は完全に解明はされてないようです。